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【エッセイ】インターネット発祥の地「3420 Boelter Hall at UCLA」〔筆者:日本クラブ事務所長 前田正明 〕

09/01/23

  • 1.はじめに
    娘のUCLA (University of California, Los Angeles) のLaw School進学に伴い、住居のセットアップなどのためにUCLA近隣に滞在し、表題の施設を見学しました。

     

    2.UCLAとインターネット発祥の地について
    UCLAは、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスにある総合州立大学です。(写真1)

    <写真1:UCLAキャンパス>

     

    卒業生から14人のノーベル賞受賞者を輩出し、U.S. News Best Colleges ランキング(2022)で公立大学第1位、Forbes America’s Top College ランキング(2021)第8位、THE World University Rankings(2022)で第20位に位置するなど、世界的名門大学として知られています。

     

    カリフォルニア大学システムの1校で、1919年に設置され、バークレー校に次ぐ歴史を持っています。また、カリフォルニア州の大学としては最も学生数が多く、5つの学部と7つの大学院から構成され、4万人を超える学生が在籍しています。

     

    キャンパスに立つと、雲ひとつない青い空であり、学生が伸び伸びと生活しています。文武両道と言いましょうか、230人以上のオリンピックメダリストを輩出し、全米大学体育協会(NCAA)で史上最多138回優勝を獲得するなど、世界的に活躍するアスリートも多く輩出しています。学部課程への出願数は2003年以来例年全米最多で、2020年には出願者数が13.9万人を突破し、出願数最多記録を更新しました。2021年度秋学期には合格率が10.8%と、UCバークレー校の14.5%を下回り、公立大学としては最も低い合格率となり、2017年以降米国で最難関の州立大学となっています。

     

    UCLAのホームページをチェックしていると、「3420 Boelter Hall at UCLA」がどうもインターネットの最初のきっかけになった場所だという表現が出てきます。何とかキャンパスにいる間に訪問してみたいものだと思いました。しかし、大学の研究室の一室で一般公開されていないとすれば、フラッと訪れても見学するのはなかなか難しいかもしれません。

     

    3.3420 Boelter Hall
    キャンパス内のコンベンションセンターと併設になったホテルから、Boelter Hallというビルはすぐそばで、歩いていくことができました。学科としては主に情報工学などが入っているビルでした。少なくとも各階の廊下までは、セキュリティーチェックやカードキーなどはなくても入ることが可能でした(注:誤解のないようにお願いしたいのですが、決して忍び込んだわけではありません)。そして3で始まるのは部屋番号だろうから、きっと3階なのだろうなと当たりをつけて進んだところに、ありました!ありました!「3420」とやや大きく部屋番号が書かれたドアが!(写真2)

    <写真2:3420 Boelter Hall>

     

    近づくと、パッと人感センサーなどで部屋の中の蛍光灯が灯り、よく見えるようになりますから、やはりある程度見学を意識した状態なのでしょう。それほど見つけ出すのに苦労したわけではありませんでしたが、前述したように思わず「あった!あった!」と小躍りしてしまいました。隣接の部屋の研究者や学生にとっては不思議な光景でしたでしょう。

     

    壁にはIEEEマイルストーンとして、「Birthplace of the Internet」とある大きな銘板が貼られています。(写真3)

    <写真3:現在の銘板>

     

    <写真4:古い銘板>

     

    Googleの元CEOのエリック・シュミットをはじめ、たくさんの方々がここの保存のために寄付をなさったことが記されています。全く素人の感想で恐縮ですが、日本の方の名前が多いのに驚かされます。その由来など知る由もありませんが、この部屋の隣に設置されているUCLA Connection Labの関係者の方々も多いと推察されます。

     

    IEEEマイルストーンは、IEEE(アメリカ合衆国に本部を置く電気・情報工学分野の学術研究団体)が電気・電子・情報技術やその関連分野の歴史的偉業に対して行う顕彰活動の一つです。認定要件として25年以上に渡って世の中で高く評価を受けてきたという実績が必要です。1983年に制定され、2017年2月までで174件が認定されています。

     

    4.インターネットの起源であるARPANET
    ここで少しARPANET(アーパネット、Advanced Research Projects Agency NETwork:高等研究計画局ネットワーク)について述べたいと思います。ARPANETは世界で初めて運用されたパケット通信コンピュータネットワークであり、インターネットの起源と言われています。アメリカ国防総省のDefense Advanced Research Projects Agency(略称:DARPA)が資金を提供し、いくつかの大学と研究機関でプロジェクトが行われました。現在のDARPAは元はARPAであるので、ARPANETとなるわけです。

     

    パケット交換は今日データ通信の基盤として世界中で使われていますが、ARPANETの構想が持ち上がった当時は新しい概念でした。パケット交換が登場する以前、音声通信やデータ通信はいわゆる回線交換が基本で、電話の回線網のように電話をかけるたびに通信局から通信局まで専用の電気的接続を確保していました。当時は遠隔地にあるコンピュータを利用しようとすると、そこから端末まで専用線を引っ張ってきたり、回線で接続して、コンピュータごとに専用の端末がずらりと設置されるという状況でした。その状況を変えることを目的として、ARPANETの研究のためにこの3420号室に設備が設置されたのです。

     

    ARPANETの技術の中心である”Interface Message Processor(IMP)”がパケット交換機で、今日のインターネットのルーターに相当します。ハネウェル社のミニコンピュータ・DDP516をベースとして開発されています。パケットの転送機能に加え、回線の一部が故障しても動的にルーチングを変えるアルゴリズムも実装されていたようで、今日のルーターとしての基本機能は一通り実装されていたようです。

     

    部屋の奥に設置されているのがそのIMP第1号機です。この部屋の手前にあるSigma7というコンピュータがIMPに接続されていました。そしてスタンフォード研究所(Stanford Research Institute:SRI)に設置されたIMPを介して、SRIのコンピュータ(SDS940)に接続しました。BBNテクノロジーズ社が開発・構築を請け負ったので筐体には「BBN」と入っています。(写真5・6)

    <写真5:IMP>

     

    <写真6:IMPの中身>

     

    ただ、今日の商用インターネットを初期から支え、現在も利用されているCisco Systems社のルーターは、ARPANETに接続するスタンフォード大学のキャンパスネットワークで利用されていたBlue boxと呼ばれる装置と、その上で動作するソフトウェアが元のようですから、写真のIMPと機能は似ていますが、別モノです。

     

    5.インターネット最初のメッセージ送信
    このUCLA の 3420 Boelter Hall は、1969 年 10 月 29 日の夜、今日のインターネットの前身である ARPANET を介してSRIに最初のメッセージが送信された場所なのです。最初の計画は、UCLAのSigma7につながった端末から、SRIのコンピュータにログインさせることでした。そのため、ここのテレタイプからSRIのコンピュータへのメッセージ、「Login:」を送信する予定でした。 研究者たちは、UCLAとSRIの研究室を電話でつないだ状態で、UCLA側からの入力をSRI側でもモニターして確認するという方法でテストをはじめました。完成したばかりのネットワークシステムは最初のL Oの2文字を送信することには成功しましたが、3文字目のGを送信したところでなんとSRIのコンピュータがクラッシュしてしまいました。 したがって、インターネット経由で送信された最初のメッセージは、「LO」でした。 当時このプロジェクトを指導したクラインロック教授は、「これ以上簡潔で、力強く、預言的なメッセージはありませんでした。」とコメントしています。

     

    1時間後、チームはリトライして送信に成功しました。その時の通信時の打ち出しなどは一切残っていません。唯一の記録はIMPの作業ログに記された「10月29日22:30 “talked to SRI Host to Host”」です (写真7)。1969 年 12 月までに、さらに2 つのノードがユタ大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に設置されました。 1975 年までに57 のノードとなり、 1981 年までに 213 になりました。現在、インターネットには500 億以上のノードがあります。この Interface Message Processor が第一号であり、現在でも Boelter Hall 3420 に誇らしげに立っています(UCLAのホームページより)。

    <写真7:通信の記録>

     

    6.おわりに
    この「L O」のメッセージ送信の後、ご存知のように人々の生活を大きく変えるほどインターネットは大きな発展を遂げました。その大きな一歩を記した場所がこのように整然と保存されていることに感銘を受けました。それは学生や研究者が自然に往来するところにひっそりと保存されており、静かな佇まいでしたが、1969年の当初から今日まで、ここにはたくさんのエキサイティングなドラマがあったのだろうなと想像をめぐらせながら、その場を立ち去りました。

     

    3420 Boelter Hall — Kleinrock Internet History Center

    420 Westwood Plaza, 3420 Boelter Hall, Los Angeles, CA 90095 (MAP)

    Floor 1 · University of California, Los Angeles

    URL: https://www.lk.cs.ucla.edu/personal_history.html

     

    *このエッセイは電気通信2023年6月号に掲載されたものを、ウェブサイト用に編集しました。

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